ぶつぶつ,心と世界の平和,悩み苦しみ何でも相談 石手寺の仏教


2006-03-01 宗教は常識を纏っている

_ 宗教の一面は

1)迷信

2)人間の忘れ去られた人間性=ヒューマニズム

3)畏れ

4)各、孤島での常識

であるか。

_ 宗教とは、各セクトに於ける、常識、言い換えると、共通の観念であり、集団意識であり、隠語である。

宗教が、解放したのは個人の尊厳であり、捕獲したのは個人の自由である。

宗教は、個々人に、唯一無比の自分を教えたが、宗教の掟に従うことを暗黙の了解にした。

宗教は取引をしたのだ。誰とか、現れとしては、時の権力者、王や皇帝やである。しかし、内面的には、保身=金である。生きるということに魂を売ったのが宗教の歴史である。

確かに、宗教を信じることによって、魂の回復を得た。何かというと、私が私であるかけがえのない尊さ。そして、私がナンバーワンであるということである。

しかし、それが或る組織によって、ある権力によって、権威によって付与される時、運命は決まっていた。

それは隷属である。何か。集団の眼。集団の言語。集団の動向。集団の気まぐれである。

_ それに対して、私は気まぐれであっても、それほど気まぐれではない。私は私を守る。私は私であることを唯一友としている。

_ 何かに搦め捕られ、何かに無理矢理変質させられること。

その屈辱。

それはプライドの仕業か。偏った欲望か。分からない。

_ しかしながら、自分が自分であることに、賭けることもあろう。

_ 結論的なことを敢えて言うならば、

宗教は、示唆を与えるが、与してはならない。

特に、組織は自己を裏切る。

大衆は、我に、あらぬことを脅迫して恥じない。

人格がないのだから恥じるはずもない。

その餌食になってはならない。なぜなら、そこには誰も居合わせないからである。

本日のツッコミ(全4件) [ツッコミを入れる]
_ 野ばら (2006-03-01 02:20)

何かに変質させられる?自分の意思がないあるいは持てない状況があるということですか?あるいは万人に受け入れられない考えを持っておられるのですか?
いずれにしても無理強いは良くないですねぇ・・

_ 野ばら (2006-03-01 12:41)

自分を大切に思ってくれる人たち、例えばそれは家族あったり、師であったり、友であったり・・言葉にされなくてもそんな人たちの中でナンバーワンであるだけではだめなのでしょうか?

自分の中の何に拘りそれを守ろうとしているのでしょうか。
自分と他とを調和させることは無理ですか。

紀風さんの言葉の中にありましたね。
「怒りを優しい気持ちで倒す」僅か7歳の子どもさんの言葉とはとても思えない。しかしこころに染み入る言葉ではありませんか?

_ しんりょう (2006-03-08 14:47)

世にある 全部の宗教を信じて生きていけたら 幸せかなぁ〜。人という文字のように 生きれる社会になったら あっぱれ あっぱれと 福笑いのような顔で死ねるかなぁ〜。しかし 私の人生の終わりの死は、福笑いの顔ではなく、お不動さんのような顔かな。人の文字のごとく 人が生きるまでは あっぱれと死ねる事は ないような気がします。

_ 紀風 (2006-03-11 00:04)

宗教が組織や集団になったとき、変貌する。
組織の構図、集団心理…そして宗教戦争まで起こる。
政治や戦争に利用されたりもする。
だから、私は宗教に魂を売ってはいけないと思う。
自分を見失って依存した状態や選民意識は危ない。
信じた者だけが救われるということには違和感を感じる。
宗教が説く真理は、自分の中に宗教があるということではないでしょうか。
宗教は、その気付きを得るためのものだと思っています。
ナンバーワンというより、やはりオンリーワンである存在なのだと思います。
人と比べるのではなく、昨日の自分と比べて、学び続けて生きたいと思います。






悩み相談089-977-8155

日記内検索

最近の更新

2006-03-01

宗教の一面は
宗教とは、各セクトに於ける、常識、言い換えると、共通の観念であり、集団意識であり、隠語である。
何かに搦め捕られ、何かに無理矢理変質させられること。
結論的なことを敢えて言うならば、

2006-03-02

入口とは、何となく確認できる苦しみの数々
入口とは、いくつかの人々に責任を持ってしまったこと
入口とは、あとどれだけの苦難が地獄のようにこの世を覆っているかということ
スッタニパータの偈文第836
吾曰く、
きょうもホームレスの人が案内されて来る。
今日もというのは、これでこの間何人のホームレスの方を泊めたか。そしてその人々に、どの程度自己責任という言葉が有効であったか、今後もっともっと非現実的であるか、その事を首相に問い詰めたい。

2006-03-03

生きているとは、何かがまだできること
加藤俊行方丈師匠曰く

2006-03-04

論争というのは、論じ合った結果、争いになるということだろうか。
どうして
そうだ、ブッダが言った。
でも、だからこそ、阪神震災やスマトラ震災に頭をねじこんで何とか頭の活性化を強要しようとしたのに、何故か世間体が邪魔して、成就しなかったと、弁解するのか。

2006-03-05

私が言いたいのは、もしも私たちが有ると思っている路線がもしも虚構だったらということである。

2006-03-06

ブッダは「宗教戦争をやめよ」と言ったのではないか。
これは難しい。
大杉栄のラ・ナルシー
そんなことを聞くまでもなく、前述のように、米軍はファルージャの悪魔を繰り返している。

2006-03-07

「もうしませんから、許してください。絶対しません」・・・子どもと遊んでいるとこの言葉を何度も聞くが、その度に、忘れてはまた繰り返す。
記憶が人間の崇高な精神と考える人もいる。或いは記憶こそ意識の本源と考える。私もその方向に靡く。
野ばらさんの

2006-03-08

昨日、結縁灌頂の講習会があった。その実際の行為が何となく朧げに脳に刻まれた。
私が俊行方丈師匠に聞いた覚えでは、「戒を授けることにある」である。そういえば、最澄大師は「戒壇」を設けることに一生を費やしたと聞く。いや、師は純粋な衆生再度の行と格闘して人生を捧げた方と想うが・・・。
三聚浄戒とは、
結縁灌頂の真髄、目的は、簡単明瞭、共感と共生の楽土をこの世に齎すことであった、と想うのは的外れであろうか。
転送

2006-03-09

そうだジェームズは心理学者で宗教学者であったことを思い出した。
前者は、この世を楽園と考える。野生の大国も優勝劣敗の弱肉強食王国も自然の調和の取れた美しい世界である。
後者は、この世が苦しみや罪や無意味や痛みであると考える。いや考えるのではなく、苦しむ。
真に目覚めた人間とは、この時代になってもまだ、力ずくで自分の意思や価値を農民に押しつけられると考える人ではなく、たとえ世界の現実を知らないと批判されようとも、戦争に訴えることだけはやめようとする人なのだ。

2006-03-10

人間には表と裏があるのだろうか
その七変化が、さいころの目のように、次々と変わりくるくる回るのは却っておもしろいのかもしれない。
そんなことは、想像する事ではなく、既に世界に血みどろに塗られている彼や彼女のことであるのに、そうかなと私はいま思ってみたりする。なるほど、心中には賽子のあらゆる目の色を想像してみる事もできるが、個々人に今運命のように彩られた賽の目は、まさにこのようにして、差別を繰り返している。

2006-03-11

こころが通じ合う時は楽しく、心が離れる時は悲しく、どちらかが話そうとした時は痛い。
外から彼は見られた。そして温かい心の対象としてあった。
確かに、この世を去るに去れないということは在るだろう。
心を共有するということがもしも有るならば、そのように心やすまる時はないで在ろう。それは時ではなく存在とでもいう代物であろう。
そして、無念に身を埋めるよりは、生きて辱めを受けながら、他と共存すべきというのだろうか。

2006-03-12

亡霊ならば、意図もなく、責任もない。何故なら亡霊だからだ。
鳥とびたちて
Please come to my end or ends.
なんという深い痛み、そして、愛と不能。
いい加減な男と「子どもの商業的搾取における企業の責任(アムネスティ-通信)」http://www.amnesty.or.jp/

2006-03-13

去る9日、南部タイ援助の舟が被災者に渡され進水式。
その名は平和と笑顔号

2006-03-14

ホワイトデーのお風呂接待。8人のホームレス者と11人のボランティアが楽しそうだった。常連さんになってしまったが、約二十名の話は真剣でもあり楽しそうでもある。
しかし、例えは避難所をつくろうという計画。もしも、皆が居ついて更に応募者が増えたらどうする。旅立つ人はなく住居人ばかり増加するシェルター。

2006-03-16

今日、次から次へと映し出される、豪華な生活に快楽する?金持ちの生活に羨望の色を濃くする一方で、腹を空かせた子をおぶる母親などの写真を見て、自分の生活に後ろめたさを感じている人も少なくないであろう。
転写
アマルティアとは阿弥陀・不死という意味である。それはさておき彼は、アジア再生の鍵は、かつての経済至上主義路線ではなく、人間中心の経済政策への転換であると言う。キーワードは「人間の安全保障」「剥奪状態」「潜在能力」「人間的発展」。
仏教でいう「空」とは一切の束縛からの解放とも考えられる。意識に於けるそれは、一切の固定観念、先入観、名前、概念、記憶、しがらみからの解放。

2006-03-18

<ぶろぐの場所><<というのは、不思議で恐ろしくてわくわくして裏切られてまた思いなおして、妙な場所
この謂いも先日の他者と我が内にある他者の議論のような気もする。
フロイトや生化学や認知科学に生の有限性を断裁されるまでもなく、この地方には、心でも明けはなくこの世にも明けのない不明瞭な諦めの人生が常に蔓延っていたのだろうか。

2006-03-20

人望の無さが世界を不幸にした

2006-03-21

人間に生まれることは希有なことで誉れ高いことだと言う

2006-03-22

「可愛い傘ですね、いい色、だれが買ったのですか」

2006-03-23

寂しい夜の過ごし方があるだろうか