_ 人間に生まれることは希有なことで誉れ高いことだと言う
人身受け難し、今已に受く何ぞ精進せんや
である。
しかし、人間ほど苦しく罪深い生き物はいない
その生き物とはなんぞ
今に、満足しない浮浪の生き物。欲をかいて彷徨うのではなく求めふらつく生き物。自分の性をもてあまし他を取り込もうとする怪物ではないか。
そこにとどまり生を謳歌することが可能ならず、他を巻き込んで荒れ狂う暴虐の存在。だとしたら死滅を喜ばざらんや
完全でないどころか渇望に飢えて彷徨う私
だとしたら
どこに幸福があるのか
だれに幸福があるのか
他者を知る智慧か、忘れる空か
やはり悲惨残酷惨憺を味わい尽くす事のみわれらの使命なのか。
日記内検索
最近の更新
2006-03-01
宗教の一面は
宗教とは、各セクトに於ける、常識、言い換えると、共通の観念であり、集団意識であり、隠語である。
何かに搦め捕られ、何かに無理矢理変質させられること。
結論的なことを敢えて言うならば、
2006-03-02
入口とは、何となく確認できる苦しみの数々
入口とは、いくつかの人々に責任を持ってしまったこと
入口とは、あとどれだけの苦難が地獄のようにこの世を覆っているかということ
スッタニパータの偈文第836
吾曰く、
きょうもホームレスの人が案内されて来る。
今日もというのは、これでこの間何人のホームレスの方を泊めたか。そしてその人々に、どの程度自己責任という言葉が有効であったか、今後もっともっと非現実的であるか、その事を首相に問い詰めたい。
2006-03-03
生きているとは、何かがまだできること
加藤俊行方丈師匠曰く
2006-03-04
論争というのは、論じ合った結果、争いになるということだろうか。
どうして
そうだ、ブッダが言った。
でも、だからこそ、阪神震災やスマトラ震災に頭をねじこんで何とか頭の活性化を強要しようとしたのに、何故か世間体が邪魔して、成就しなかったと、弁解するのか。
2006-03-05
私が言いたいのは、もしも私たちが有ると思っている路線がもしも虚構だったらということである。
2006-03-06
ブッダは「宗教戦争をやめよ」と言ったのではないか。
これは難しい。
大杉栄のラ・ナルシー
そんなことを聞くまでもなく、前述のように、米軍はファルージャの悪魔を繰り返している。
2006-03-07
「もうしませんから、許してください。絶対しません」・・・子どもと遊んでいるとこの言葉を何度も聞くが、その度に、忘れてはまた繰り返す。
記憶が人間の崇高な精神と考える人もいる。或いは記憶こそ意識の本源と考える。私もその方向に靡く。
野ばらさんの
2006-03-08
昨日、結縁灌頂の講習会があった。その実際の行為が何となく朧げに脳に刻まれた。
私が俊行方丈師匠に聞いた覚えでは、「戒を授けることにある」である。そういえば、最澄大師は「戒壇」を設けることに一生を費やしたと聞く。いや、師は純粋な衆生再度の行と格闘して人生を捧げた方と想うが・・・。
三聚浄戒とは、
結縁灌頂の真髄、目的は、簡単明瞭、共感と共生の楽土をこの世に齎すことであった、と想うのは的外れであろうか。
転送
2006-03-09
そうだジェームズは心理学者で宗教学者であったことを思い出した。
前者は、この世を楽園と考える。野生の大国も優勝劣敗の弱肉強食王国も自然の調和の取れた美しい世界である。
後者は、この世が苦しみや罪や無意味や痛みであると考える。いや考えるのではなく、苦しむ。
真に目覚めた人間とは、この時代になってもまだ、力ずくで自分の意思や価値を農民に押しつけられると考える人ではなく、たとえ世界の現実を知らないと批判されようとも、戦争に訴えることだけはやめようとする人なのだ。
2006-03-10
人間には表と裏があるのだろうか
その七変化が、さいころの目のように、次々と変わりくるくる回るのは却っておもしろいのかもしれない。
そんなことは、想像する事ではなく、既に世界に血みどろに塗られている彼や彼女のことであるのに、そうかなと私はいま思ってみたりする。なるほど、心中には賽子のあらゆる目の色を想像してみる事もできるが、個々人に今運命のように彩られた賽の目は、まさにこのようにして、差別を繰り返している。
2006-03-11
こころが通じ合う時は楽しく、心が離れる時は悲しく、どちらかが話そうとした時は痛い。
外から彼は見られた。そして温かい心の対象としてあった。
確かに、この世を去るに去れないということは在るだろう。
心を共有するということがもしも有るならば、そのように心やすまる時はないで在ろう。それは時ではなく存在とでもいう代物であろう。
そして、無念に身を埋めるよりは、生きて辱めを受けながら、他と共存すべきというのだろうか。
2006-03-12
亡霊ならば、意図もなく、責任もない。何故なら亡霊だからだ。
鳥とびたちて
Please come to my end or ends.
なんという深い痛み、そして、愛と不能。
いい加減な男と「子どもの商業的搾取における企業の責任(アムネスティ-通信)」http://www.amnesty.or.jp/
2006-03-13
去る9日、南部タイ援助の舟が被災者に渡され進水式。
その名は平和と笑顔号
2006-03-14
ホワイトデーのお風呂接待。8人のホームレス者と11人のボランティアが楽しそうだった。常連さんになってしまったが、約二十名の話は真剣でもあり楽しそうでもある。
しかし、例えは避難所をつくろうという計画。もしも、皆が居ついて更に応募者が増えたらどうする。旅立つ人はなく住居人ばかり増加するシェルター。
2006-03-16
今日、次から次へと映し出される、豪華な生活に快楽する?金持ちの生活に羨望の色を濃くする一方で、腹を空かせた子をおぶる母親などの写真を見て、自分の生活に後ろめたさを感じている人も少なくないであろう。
転写
アマルティアとは阿弥陀・不死という意味である。それはさておき彼は、アジア再生の鍵は、かつての経済至上主義路線ではなく、人間中心の経済政策への転換であると言う。キーワードは「人間の安全保障」「剥奪状態」「潜在能力」「人間的発展」。
仏教でいう「空」とは一切の束縛からの解放とも考えられる。意識に於けるそれは、一切の固定観念、先入観、名前、概念、記憶、しがらみからの解放。
2006-03-18
<ぶろぐの場所><<というのは、不思議で恐ろしくてわくわくして裏切られてまた思いなおして、妙な場所
この謂いも先日の他者と我が内にある他者の議論のような気もする。
フロイトや生化学や認知科学に生の有限性を断裁されるまでもなく、この地方には、心でも明けはなくこの世にも明けのない不明瞭な諦めの人生が常に蔓延っていたのだろうか。
2006-03-20
人望の無さが世界を不幸にした
2006-03-21
人間に生まれることは希有なことで誉れ高いことだと言う
2006-03-22
「可愛い傘ですね、いい色、だれが買ったのですか」
2006-03-23
寂しい夜の過ごし方があるだろうか
昨日 罪深い人間を題材に 長男が語ってました。次男は反論。楽しい時間でした。二人の親してますが、次男も 罪深い人間を題材に語った事がありますが、長男は反論。総合すると 二人の考えも私の考えも余り変わらない。ヤクザと不真面目ヤンキーが居なくなれば、取り敢えずは安泰。捨て台詞。あんなに意気がるんだったら、アメリカで意気がって喧嘩して来い。同感。
幸福は見つかりましたか。
迷い多き我が人生。
真の痛みを知った時、初めて痛みは共有できるものなのかな。
誰かの不幸の上に成り立つ幸福などあり得ない。
自分の中の理性や現実・モラルと感情や想いとの戦いの日々でもありました。考えても考えても答えの出せない終わりなき迷い道でした。
正しい生き方とは・・自分のそして他者の幸福とは・・これまでの人生の中で、これ程に想い悩み、考えたことはなかったかもしれません。
・・私は幾多の痛みを受けながら、実はその痛みから守られていたのですね。
もう少しでその手を取ってしまいそうでしたョ。
あなたという人がもっと要領よく、人を欺いて平気で生きられるような人だったらきっと気付きもしなかったかな・・だから私もあなたに嘘をつきたくない。
自分にとって掛替えのないものとは、今手にしている何かを失って初めて気が付くものなのかもしれませんね。
幸福とはそういったものなのでしょうか。
いろいろありましたが・・あなたに出逢えて良かったと素直にそう思います。
お願いですから、もう苦しんだり悩んだり自分に迷ったりしないでください。
悪戯や冗談で上記のことを書いたのではありませんでした。
「独りよがりだった・・」とちょっと寂しそうだったので、そうではなかったのですよと伝えたかったのです。
いい加減なことをあなたの耳に入れているのは一体だれなのでしょうか。
なかったことをさもあったかのように言われることは苦痛でした。だからずっと言いたくても言えなかった。誰かに言っても無駄だ、当事者の言葉よりも噂を真実と信じている人に何を言っても無駄だと諦めていましたから。
事実と違うことをさも事実であるかのように言われることはこの上なく不快なものです。
本当にブログを離れるつもりだったのに・・いつになったら卒業させてもらえるのでしょうか。
坊主は 悩んで苦しんで文句も言って当たり前です。普通の坊主です。犯罪を侵す坊主を 見てみんしゃい!当人と話をした警察官も嘆いたと悲しんだと聞いてますよ。よいも警察官は、嘆いて苦しみますよ。トコトン!悩んで苦しんで当たり前ですよ(^^)v
一体、坊さんからどんな話しを聞かされたのですか?
何故話しに矛盾が生じるのか不思議です。
あちらを立てればこちらは立たず・・大変ですね。