ぶつぶつ,心と世界の平和,悩み苦しみ何でも相談 石手寺の仏教


2006-08-31 13階段

_ という映画を見てしまった。

今どきテレビや映画を見る人間はろくな人間はいないと放言しての果てのこと。

テーマは重い。「生きる以外にはない」というのである。

こんなおめでたい時代に、いきるしかない。生きねばならないではない。生きる以外にはないという判断である。意思である。

意志とは、生きるとはだいたいこんなものだろうなあと観念した上で諦観した上で決める「わたしの選択」である。

煩悩のさしがねでもなく、成り行きの果てでもなく、自分がもう一度生きようと選び返す一瞬である。

その転換は、苦悩を経た人間以外には与えられない。なぜなら、煩悩の生きることは楽であるからである。欲望に生きることは楽が正解である。欲望が煩悩に見えてくるころ、人間は生きることが嫌になる。それでも生きることを選ぶか惰性で生きるかが問われる。厭きない面々は、釈迦を嫌い、生きることを選択する。その瞬間が美しく哀れである。

その瞬間が大乗仏教だったと思うのは我田引水だろう。






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