2007-06-09 生き残る
_ 生き残ることに
意味は
有るか
今、世界は、単にただ唯只生き続けるということに意味を見つけさせようとし、戦時下の強制労働の様な過酷を特定の人々に強いている。
つまり強制労働なのである
誰かが生き残る過程で必要な犠牲者
その犠牲者のことをあなたは考えたことがあるか
その心を自分だったらと感じたことがあるか
今
生きさせろ
という本が魅力的だ
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2007-06-10 面白きこともなき世を面白く 住みなすものは心なりけり
_ おもしろきこともなきよをおもしろく済みなす物は心なりけり
わたしは
おもしろきこともなきよをおもしろくなすこそたのしけれ
と、思っていた
この世はつらいことばかりで良いことはない
良いことといったら自分を保つことのみで有る
そんな世界を楽しく朗らかにするのはわたしであり
その時、楽しい
_ これは高杉晋作氏の辞世の句らしい
彼が「おもしろきこともなきよ・おもしろし」というと彼女が「すみなすものはこころなり」と言ったそうな
こころとはこのところのおもひでしょうか
思いかた次第でこの世は楽しいとのように意味を取る人もいるようですが、ここは、苦しみの多いこの世にあって、楽しく生きる時にこそ生きる妙味があると捉えたい
_ 苦しみ多きこの世こそ、痛みを除けば、生きる所とぞ
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2007-06-15 たたりとは
_ たたりとは祟り
祟りとは「わたし」が見落としてきた周縁である
「わたし」とは、わたしが守ろうとしている自我と表せられる何者かであり、私の意識の外で作用する妖怪であろうか
意思は常に反逆される
つまり、意識に昇ってきて明晰に判断して、善悪を断じて勇気を持って行うところの意思作用は、必ず、無意識を葬り、考慮し得なかった部分の他者の反撃を食らうのである。
その参照は、お遍路文化であった
_ お接待をしなかったものは、死者のたたりを受けたのである。何かというと、お接待は過去のそして今のお遍路さんの生命線であることがあるのだから、絶たれるということは死を意味する。そして死者は物言わず、死人に口なし、言わぬが仏となるのだが、生き残っている他の遍路人にしてみれば事は重大である。
衛門三郎の因縁話にも見えるように、他の生き残ろうとする者たちは、死しものの仮体を借りて、祟りを行うのである。つまり、死者は無念であると。そして生きて接待を待つわれらは生き地獄にたたるのだと。
_ 自分が生きるために捨ておいたいろいろの周縁、周辺、辺土、遍路は、自分の心の中の出来事であるだけに自分でしか消し得ないのである。つまり反逆してたたるのである。
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2007-06-16 お遍路、ホームレス事情
_ 最近三組のお遍路さんとホームレスの方が泊まっていかれた。
その内のお遍路さんは、東京の方で「九州に自殺に行くが果たせなかった」という。その後、二号線を岡山まで歩いて行く途中の寺々で厚情をもらってなんとか口過ぎをしてきた話す。
四国遍路を始めようとするが、何かそぐわない気持が起こり、引き返しつつやっとここに辿り着いたという。途中、道々の方々にはお接待を頂き、雨露を凌いだり、食事をすることができたという。八十八のお寺はどうも近寄り難いというか、冷たい感じがしてとっつきにくかったという印象を吐露されたのには痛い思いをした。
とはいえこのお寺では声をかけたい気持になりましたというので一安心もした。
「丸亀で途方に暮れていた時、あるおばあさんの人が『ちょっと待っていなさい』といって、しばらくして返って来るとズボンとか下着とかを下さり、三万円をもらった時には、・・・・」と話しながら涙を流されたのには、やはり余程のことがあったのだと感じ入った。
その方は、石手寺に数日泊まられ、托鉢もしてある朝、ほんとに明るいお顔で微笑んで「これから出発いたします」と告げられた。私は思わず「困った時にはまた来てください」とお答えした。
その後、お遍路さんは門々でお経を上げて布施を頂きながらご縁を得たいと語られていたがどうしたものか案じられる。
さて、もう一組の方は、夫婦の方であったが、何がしかの理由があって家を出たという。「松山の福祉事務所に行けばなんとかなると聞いてきましたが、そうもいかないようで、今夜一晩何とかしてほしい」と言われる。
はて、どうしたものか、このような話は良くあるのだが、信用して良いものか疑うべきものか、思案しながら聞いていたが、明日もう一度尋ねていけば何とかなるといいながらやはり涙を目に浮かべておられるからいたしかたない。
一晩と三度のご飯を用意してあげてお接待をした。翌朝は、お二人で丁寧に庭を清めておられ、その姿を見るとお接待に適う方と見受けた。昼飯の後、私の来るのを玄関でずっと待っておられ、「御挨拶をしてからと思いまして」とにこやかに礼をして立ち去られた。
「何とかなりますか」と労うと「当てがありますから」と元気そうに振る舞われた。
人生は遍路なりという。何の意味であろうか。遍路は死に装束のあてのない旅である。死を覚悟で、他人さまのお接待に縋り、何時果てるか知れぬ身を明日へと運ぶ旅である。苦難の中に浮き沈みしながら、明日を繋いでいく旅という意味であろうか。
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2007-06-17 タイ南部救援
津波による被害は、想像とは異なる根こそぎ的なものだった。ひどい所では、津波の水は海岸から何百メートルも陸地を舐めて、時には一キロメートル近くも海の底に沈め、その上、洗濯機のようにかき混ぜて、人も建物も粉々に砕いていた。カオラックというリゾート地は高級なホテルが林立していたが、跡形もなく瓦礫のゴーストタウンへと変貌させられていた。
津波が起きたのは二千四年の十二月二十六日のことである。その後、私たちは呼びかけて十数名の僧侶とボランティアが集まり、救援を開始した。そして今回は四度目の訪問であり、私は三回目の現地を踏んだ。
今回の目的は、
①過去三度続けてきた親を亡くした子どもの学資援助
②パクウィーブ仮設から移動したバーンカイヤの集落の援助
③ビルマ人学校の援助の決定
④懐かしい人々との出会い
であった。
有名なリゾート地プーケットの空港に降り立ち、プーケットとは反対の北へとむかって車は疾走した。運転手兼通訳はガイさん。タイ人だが後で聞くと、お祖父さんは中国の中部からタイへと移住して来たという。東南アジアは私たちが思っているより国際的というか、人々の移動が当たり前なのだろう。これから向かうナムケンの町は当然タイの主たる町だが、出会う予定のアイビーさんはビルマ人でシンガポールで勉強した人であるし、ゴーさんはシンガポール人である。人の行き来とネットワークの深さを想像させる土地である。
プーケット空港から北へとトヨタ車は疾走すること一時間半、ナムケンの町に着く。ナムケンは昔は錫の積み出し港として潤い、今はイカ取り漁が盛んな町である。しかし、町は低いなるに立地していたから、津波によって一掃されてしまった。二年前に来た時には、建物は殆ど壊滅的で、既に更地にされていたか、新築を始めていて、もとからあると思われる建物は一つもなかったほどであった。すべて津波で流されてしまったのである。そしてその被害の死者は四千人以上と言われていた。このあたりでも最も被害の大きかった町である。津波は漁港の方から押し寄せ、岸壁を破り、建物を破壊し、人々を渦に呑み込みながら奥地まで攪拌してしまった。想像すると、いかんともしがたい悲惨な光景である。
新しい家は建てたものの、その当時の恐怖で奥地に移り住んでいる人々も多いとガイドのガイさんは教えてくれた。その当時は、人々の死体の悪臭がひどかったという有様である。なんとも自然の猛威は人間にはどうしようもないばかりか、あまりにもひどい痛みをもたらしていく。
前回は、多くの軍隊が汗を流して、建物を新築していた。タイはたいへん暑い所である。赤道の下なのだから仕方ない。昼間は、仕事ができるような環境ではない。日差しはきつく肌を刺し、動くと疲れが一挙に高まる。そんな悪条件の中を人々は、セメントを練り、資材を運び上げて奮闘していた。今回、工事はほとんど終り、町は生まれ変わっていた。とはいえ、昔の面影は全くなく、全てが新しい別の町のようだと言うべきなのだろうか。暑い所だからか貧乏だからかは分からないが、どの家も小さく、風通しが良くつくられている。エアコンが有るわけではなく、私たちにとってはきつい暮らしだと思う。
私たちは、ビルマ学校を始めていたアイビーさんの所を尋ねた。彼女は、大きな家にいた。その家は、今回、二才から五才ぐらいまでの子どもたちの幼稚園として使いたいと説明する。昨年から彼女は、コミュニティー・デベロプメント・センターという体育館のように大きな建物の三つの教室を借りて、出稼ぎや難民のビルマ人の子どもたちのための学校を始めていた。そして、三つの教室では足りないので、幼児のためにこの家を借りて、保育所兼学校を始めたいというのだ。私たちは当初、小さな校舎の寄付を考えていた。しかし、適当な土地がないのと所有権が明確にならないとの理由で、借家で学校を始めたいというのだ。私たちは、熟慮した上、その借家の手当てと備品の一式を寄付することに決めた。
彼女は今回、ビルマ人学校を始めた理由を語った。英語でのやりとりなので誤訳のあることは赦してほしい。
「私の母は、三千人が通う学校を経営していました。しかし軍隊によるクーデターで、軍隊は学校を取り上げました。両親と家族は今はアメリカに住んでいます。私は、シンガポールの大学に行き、タイ人と結婚してバンコクの北に住んでいました。そして津波が起こったのです。私はテレビで多くのビルマ人を見ました。ビルマ人は貧しい生活をしていたのに津波でもっとひどい目に遭って苦しんでいるのを見て、そしてここナムケンにやって来ました。そして学校に行けない子どもたちにビルマ語とタイ語と英語を教えることを始めたのです」と語ったのです。
テレビや新聞で私たちが知っていたようなことが語られました。ビルマの軍事政権の問題や、難民の問題です。「ビルマ人のタイでの生活は貧しいものです。でもそれでもビルマでの生活よりはましなのです。だからビルマを逃れてタイに働きに来ます」というのです。
私たち日本人もそうでしょう。前日、ブラジルに住んでいる三世の方に会いました。私の書いた短冊を手にしていました。短冊には「ひとの痛みが分かる」と書いています。今お寺参りをして貰って帰る所だといいます。彼らブラジル日系人は、政府の誤報もあってブラジルを新天地として渡航しましたが、多くの人が騙され、債務を負わされ苦難の中で亡くなったり何とか生き延びたりした歴史を持っています。同胞が苦難にあれば、出向いて行って助けたいという気持はみんな共通のものです。
そんな話を聞きながら、また、アイピーさんの涙を見て、私たちはここを援助することに決めたわけです。前回出合った、男の先生にも出合いました。笑顔が美しく、今は売店をつくって、ビルマのお母さん方がつくった布の袋を売って、学校の資金にしているとのことでした。
アイピーさんが言うには、給食を無料で出したいと言います。
そういえば、お大師さん弘法大師は、綜芸種智院を建てました。その学校は、志が在っても学校に行けない人々の庶民の学校でした。建物と、食事と、学資を支給して誰でもやる気の有るものが学問できるという学校です。その内容は、
①食事が出る
②宿所が有る
③教材の提供
④仏教だけでなく一般教養の提供
でした。それは画期的なものでした。だれでも無料で学問を保証するという理念に裏付けられそれを実行したものでした。今日、義務教育は国家が保証していますが、給食費や教材費が多少とも必要で無料というわけではありません。どの子も同様に学問の機会を与えられるということはもっともっと皆で考え、現代に実現していかなければならないものと考えられます。
してみれば、お大師さんが始めた綜芸種智院、それと同様の理念の学校を今回、私たちは援助することを決定した次第です。少しばかり弟子ここに有りという感慨を得ました。
今後、その学校のようすはメールで送られて来る予定です。楽しみにしています。
世界中の子どもたちが、学校に行く機会を得て、言葉を覚え文字を読み書きして、健康に文化的に生きて行ける日がくることを願ってやみません。学問。それは趣味ではなく人が人として騙されず自分の力で悠々と生きていくために必須のものなのです。
文字を読み、考え、世界を知り、しっかりと生きていく礎なのです。それは弘法大師が願った人々の幸福の出発点だとつくづく思いました。
全世界の子どもたちに幸いあれ
_ つづく
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